この記事では日本とアメリカの博士課程の一般的な特徴を比較し、それぞれの客観的なメリット・デメリットをお伝えしたいと思います*1。
選択肢の多さ
博士課程の進学先を検討する際、最も重要なのが指導教員との研究・性格面での相性です。当然、国内の大学院の数が多いほど研究室の数も多く、したがって興味が持てる研究室がその国に存在する確率も高いため、大学院の選択肢の多さ = 相性の良い指導教員に巡り会える確率は出願する際に最も考慮するべき事項です。そこで、QS World University Rankings 2021で世界ランキング200位以上の日本とアメリカの大学の数を比べてみると、アメリカは45校、日本は10校です。また、世界ランキング20位以上だとアメリカは10校、日本は0校です*2。
単純にアメリカの方がレベルが高い大学と研究室の数が多く、興味が近い指導教員を探し出せる確率が高くなるため、選択肢の多さという観点だとアメリカに軍配が上がります*3。
学費・生活費
アメリカの博士課程は入学すれば学費・医療保険費を一銭も払う必要がなく、それとは別に生活費を賄うための給料が出ます*4*5。給料の額は大学や学科によって違いますが、月に$2700から$3800の間が相場のようです。学費や保険料は給料とは別に支払われているため、支給された給料は全て可処分所得になります*6。一方、日本の大学院では修士課程はもちろん、博士課程も入学しただけでは学費や生活費は出ません。学振に通れば月に20万円の生活費がもらえますが、授業料免除にならなかった場合は生活費から授業料を払う必要がありますし、大学によってはRAやTAが出来ない等の制限があるようです。
そもそも、学振は一年に一回しか応募できず採択率は20%前後なので、単純に考えて80%の確率で自腹で学費・生活費を賄わないといけなくなります。一方、アメリカの博士課程は複数出願できるため*7、幅広いレベルの大学院に出願すればどこかには滑り止まる可能性が高いです。
お金のために大学院に行く人は少数だと思いますが、合格しさえすればお金の事を心配する必要が無いというのは大きなメリットだと思います。経済的な面ではアメリカの博士課程に完全に軍配が上がります。
奨学金
日本の博士課程に進学する場合、奨学金の最大の選択肢は学振で、他の奨学金との重複受給は出来ません。アメリカの博士課程では学費と生活費が大学から出ると書きましたが、日本から出願する場合、合格可能性を上げるために返済不要の奨学金を取得する人が多いです。日本には海外大学院の学費と生活費を数年間支援してくれる奨学金が沢山あるため、海外院に出願する学生は往々にして複数の奨学金に申請書を送ります*8。留学支援目的の奨学金は重複受給出来ない、出来たとしても生活費の支援の上限があるというのが多くの奨学金のポリシーです*9。
出願の大変さ
日本の多くの大学院では、修士課程の入試では大学ごとの筆記試験と面接、博士課程では研究計画書と面接を課しているようです。日本の修士課程を受験する際、筆記試験はそれなりに準備が必要なため、ほとんどの人は1校、多い人でも数校の出願に留めるのが一般的です。私自身は日本の大学院を受験しませんでしたが、学部同期を見ていると筆記試験の準備に大体1,2ヶ月かけていました。また、日本の大学院はアメリカの大学院と比べて倍率がかなり低いのがメリットと言えます。例えば、アメリカのComputer Scienceの専攻はどこも7%から10%の合格率ですが、東大のコンピュータ科学専攻の合格率は50%程度です。また、修士課程と同じ研究室の博士課程に進学する場合、修士から博士への進学は比較的スムーズに行えるようです。アメリカの博士課程では大学ごとの筆記試験は存在せず、代わりにTOEFLとGREの点数、SOPと呼ばれるエッセイ、3通の推薦状を用意します。各書類の準備や国内奨学金の申請などを含めると日本の大学院に出願するのに比べて何倍も大変でしたが、どの大学も出願に必要な書類はほぼ一緒なので、一度書類を揃えてしまえば複数の大学院に出願できるというメリットはあります。私は全落ちを回避するために10校出願しましたが、これは大学ごとに試験対策をせざるを得ない日本の大学院に比べてメリットだと思います。
博士号取得にかかる年数
日本では2年間の修士課程の後に3年間の博士課程を行うというのが一般的ですが、アメリカの博士課程は5年間かかります。アメリカの博士課程は最初の2年間で修士号を取得できるプログラムが多いので、学部から直接アメリカの博士課程に進学する場合は日本と同じく5年間で博士号を取得できますが、日本で修士号を取得してからアメリカの博士課程に進学する場合は合計で7年間大学院に通う必要があります。まとめ
日本 | アメリカ | |
---|---|---|
選択肢の多さ | △*10 | ◎ *11 |
学費・生活費 | △*12 | ◎*13 |
出願の大変さ | ◯*14 | △*15 |
博士号取得にかかる年数 | 3年 | 5年*16 |
以上の事を総合すると、博士号取得にかかる5年という年数と少々大変な出願プロセスが気にならないのならアメリカの博士課程の方がメリットが大きいと思います。一方、世界中の研究室を見た上で日本の大学の研究室が一番自分の興味にマッチすると思え、学費や生活費で自腹を切るのが気にならないのなら日本の博士課程もメリットがあると思います。
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私が出願に至った経緯に興味がある方はこちらの立志編を読んで下さい。
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*1:読者にとってどちらの選択が良いかではなく、客観的な事実から双方にどのようなメリット・デメリットがあるかが伝われば幸いです
*2:東大は24位
*3:志望する研究室を探す際に選択肢が多ければ多いほどその分自分の興味にマッチする指導教員が見つかる可能性が高いため、一番良いのは国にこだわらず世界中の研究室を検討し、一番自分にマッチすると思われる研究室がある大学院に出願することです。
*4:自腹を切る必要があった例も聞いたことがありますが、非常に稀です。また、理系においてはほぼ確実に給料が出ると思いますが、文系学部の事情はあまり詳しくないのでこの限りではないと思います。
*5:学部から出るか指導教員が研究費から支払うかは大学や年度によって異なります
*6:もちろん税金等は払う必要がありますが、大学関係の費用を給料から払うことはありません
*7:私は全落ちを回避するために10校出願しました
*8:大学院留学支援の奨学金はパッと思いつくだけでも、船井奨学金、中島記念奨学金、村田奨学金、リクルートスカラシップ、竹中育英会、吉田育英会、大真奨学金、平和中島財団、JASSOなどなど沢山あります。
*9:私は船井情報科学振興財団に2年間の学費と生活費を含む留学支援をして頂いています。孫正義育英財団の財団生としても採択して頂きましたが、大学院のフェローシップと船井奨学金にご支援頂いている間は孫正義育英財団からは学費や生活費の支援は頂いていません
*10:QS World University Rankings 2021で世界で20位以上のうち日本は0校
*11:QS World University Rankings 2021で世界で20位以上のうちアメリカは10校
*12:修士課程は自腹、博士課程は学振があるものの採択率は20%しかなく一年に一回しか応募できない。支援額も十分ではない。
*13:大学院に合格しさえすれば学費と医療保険費は大学がカバーし、それに加えて充分な給料も出る
*14:大学ごとの筆記試験の準備をする必要がある
*15:出願に必要な書類を集めるのは大変で、少なくとも一年前からの準備が必要。
*16:最初の2年で修士号を取得できるプログラムが一般的